…。………………………………………………、透きとおるような声で、
「おやすみ遊ばせ」
 とハッキリ云うと、石のように頬を固《こわ》ばらせたまま冷然と眼を閉じている………………………………………………………、……………………………………………………………、出来るだけ静かに………………………、……………………………………。
 しかし澄夫は動かなかった。呼吸をしているのか、どうかすら判然《わか》らない位|凝然《じっ》と静まり返っていた。初枝も天鵞絨《びろうど》の夜具の襟《えり》をソット引上げて、水々しい高島田の髱《たぼ》を気にしいしい白い額と、青い眉を蔽うた。
 白湯《さゆ》の音がシンシンと部屋の中に満ち満ちた。
 新郎――澄夫は、その白湯の音に耳を澄ましながら、物置の中に寝ている唖女の事ばかりを一心に考え続けていた。

 それは去年の八月の末の事であった。
 暑中休暇の数十日を田舎の自宅で潰《つぶ》して、やっとの事で卒業論文を書上げた彼は、正午《ひる》下りの晴れ渡った空の下を、裏山の方へ散歩に出かけた。
 彼の両親はもう、三個月ばかり前に老病で相前後して死んでいた。後の医業《しごと》は彼の
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