でおりましたそうで、その喜びようが、あんまりイジラシサに門八爺が時々、なけなしの銭をハタいて、安物の練白粉《ねりおしろい》や、口紅を買うて帰ってやったとか……やらぬとか……まことに可哀相とも何とも申様《もうしよう》の無い哀れな親娘《おやこ》で御座いましたが」
「……まあ……」と博士夫人がタメ息をして眼をしばたたいた。
「ふうむ。してみると誰かこの女にイタズラをした村の青年《わかて》が、その土蔵《くら》の戸前を開けてやったものかな」
「ヘエ。そうかも知れませぬが、跛の門八が戸締を忘れたんかも知れませぬ。だいぶ耄碌《もうろく》しておりましたで……それで娘に逃げられたのを苦に病んで、行末の楽しみが無いようになりましたで、首を吊ったのではないかと皆申しておりましたが」
「うむ。そうかも知れんのう。つまりこの娘を逃がいた奴が、門八爺を殺いたようなもんじゃ」
「ヘエ。まあ云うて見ればそげな事で……」
「しかし、それから最早《もう》、かれこれ一年近うなっとるが、どこに隠れていたものかなあこの女は……」
「それがヘエ。やっぱりどこか遠い処を、当てもなしに非人してまわりよりまする中《うち》に、誰やらわか
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