無邪気な、真剣な眼付で二人の顔を代る代る見比べていたが、そのうちに、栗野博士夫妻の背後から、物珍らしそうに覗いている新郎新婦の中でも、先に立っている新郎澄夫の青白い顔に気が付くと、お花は見る見る眼を丸くして口をポカンと開いた。泥だらけの手足を躍らして小犬のように跳ね上ると、玄関の式台へ泥足のまま駈け上って、栗野博士を突除《つきの》けながら、澄夫の袴腰《はかまごし》にシッカリと抱き付いた。同時に「アッ」と小さな声を立てた花嫁の初枝を、背後から抱きかかえるようにして栗野夫人が、廊下の奥の方へ連れ込んで行った。
澄夫はハッと度を失った。花嫁の方を振返る間もなく、唖女の両手を払い除《の》けて飛退《とびの》こうとしたが、間に合わなかった。ガッシリと帯際を掴んだ女の両腕を、そのまま逆にガッシリと掴み締めると、眼を真白く剥《む》き出し、舌をダラリと垂らした。そうして気を落付けようとしているのであろう。周章《あわ》ててその舌を嚥込《のみこ》み嚥込み眼をパチパチさせた。その顔を下から見上げた唖女はサモサモ嬉しそうに笑った。
「ケケケ……ケケケケケケケケケ……」
若様らしい上品な澄夫の顔が、その笑い声につれて見る見る皺《しわ》だらけの鬼婆のような、又は髪毛を逆立てた青鬼のような表情に変った。反対に澄夫の方が発狂しているかのように見えた。
栗野博士も一作爺も、澄夫と一所《いっしょ》に度を失った。
「コレコレ……退《の》かんか……」
「コラッ……コン外道《げどう》……」
と二人が声を揃えて怒鳴り付けるうちに一作が、女の襟首へ手をかけると、古びた笈摺《おいずり》の背縫《せぬい》と脇縫《わきぬい》が、同時にビリビリと引離れかかった。その手を非常な力で跳ね除《の》けながら唖女は、涙をボロボロと流した。澄夫の顔を指し、又自分の腹部を指し示して、情なさそうな奇声を発しながらオドオドと三人の顔を見廻わした。
「エベエベ……アワアワ。アワアワアワアワ……」
澄夫は絶体絶命の表情をした。唇を血の出る程噛んで、肩をキリキリと逆立たした。
「イヨオ。これは芽出度《めでた》い」
という頓狂《とんきょ》な声がして、澄夫の背後の廊下から伝六郎が躍出《おどりだ》して来た。又も大盃を呷《あお》り付けて、素敵に酔払っているらしく、吉角力《きちずもう》の大関を取ったという双肌《もろはだ》を脱いで、素晴らしい筋
前へ
次へ
全19ページ中8ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング