ビラを切っている夢か何か見ている最中《さなか》に、今の推進機《スクリュウ》の中軸になっている、一番デッカイ長い円棒《シャフト》が、中途からポッキリと折れたもんだ。急にスピードを掛けた馬力《やつ》が、イの一番に円棒《シャフト》へコタえたんだね。
 アッハッハッハッハッ……そん時には流石《さすが》の吾輩も仰天したよ。折れると同時にキチガイみたいに廻転し出した機械の震動が、白河夜船のドン底まで響き渡ったもんだから、ウンもスンもあったもんじゃない。てっきりエムデンに遣られてゴースタンか何か掛けたものと、船長初め思い込んだらしいんだね。アッという間に船の中が、ワンワンワンワンと蜂の巣を突ッついたような騒ぎになった。船員も乗客も一斉にデッキを目がけて飛び出して来た。御丁寧な奴は卒倒《ひっくりかえ》ったという話だが……しかしこっちは眼を眩《ま》わすどころの騒ぎじゃない。ともかくも機械の運転を休止《アップ》して、予備のシャフトを入れ換える事だ。
 そうすると又、大変だ。この沖の只中で船を止めておくのは、エムデンの目標を晒《さら》しておくようなものだというので、乗客が血眼《ちまなこ》になって騒ぎ出した。
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