、船長の襟元からビービービーッと吹っ込んだんだね。
 そいつを一等運転手《チーフメート》が腕ずくで押し止めようとする。そいつを又、乗客の中に居た、愛蘭《アイルランド》の海軍将校上りが感付いて、船中に宣伝して廻ったから堪《た》まらない。碧眼玉《あおめだま》をギョロ付かした乗客が、吾《わ》れも吾《わ》れもと船長室へ押しかけて、土気《トンパ》色になった船長を取巻いて、ドウスルドウスルと小突きまわす。一等運転手と事務長が、仲に這入って間誤間誤《まごまご》する。船長の名前は勘弁してくれだが、国辱にも何にもお話にならない。エムデン艦長といいコントラストが出来上った。……結局、そんな連中で、寄ってタカって、一か八かのコンニャク押問答をフン詰まらせたあげく、僕がその評議のマン中に呼び出される事になったもんだ。
 ……今以上にスピードが出せるか出せないか。それによってスエズへ直航するかしないか……又は新嘉坡へ引返すにしても、荷物を棄てるか、棄てないかを決定する……。
 という問題を持ちかけて来たから、僕は占《し》めたと思ったね。ここいらで一番、身代《しんだい》を作ってくれようかな……序《ついで》に毛唐《
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