が突然、向う岸のマドラス沖に現われて、石油タンクの行列を砲撃した。エドワード砲台が泡《あわ》を喰って、闇夜の大砲をブッ放《ぱな》したが、その時には最早《もはや》エムデンは居なかった。三洋丸はそのまんまで行けば、そろそろエムデンの逃路《コース》にぶつかるかも知れない。気を付けろ……といったような無電が、ビーッ……ビ――ッと這入って来たと云うんだ。
 イヤモウ……みんな青くなったの候のって……覚悟の前とか何とか、大きな事を云っていた船長が、日本人の癖にイの一番に慌て出して、全速力《フルスピード》で新嘉坡《シンガポール》へ引返《ひっかえ》すと云い出したもんだ。つまりエムデンの死に物狂いのスピードが、先ず二十七八|節《ノット》で、三洋丸のギリギリ決着が二十三四|節《ノット》だから、見付かったら最後、物が云えないという算盤《そろばん》を取ったんだろう。しかも、それ位の算盤なら何もわざわざ、印度洋のマン中まで出て来て弾《はじ》くが必要《もの》はないのだ。忠兵衛さんじゃあるまいし。大阪を出た時からチャンと見当が付いている筈なんだが、要するに今の無電と一所《いっしょ》に、新規|蒔《ま》き直しの臆病風が
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