も角《かく》も満点を取って帰ったと見えて、明日《あす》の試験に出ろという通知が夕方下宿に届いた。
ところで翌《あく》る朝、勢い込んで試験場に来てみると驚いたね。七十何人居た受験者が、タッタ二人しきゃ居ないんだ。何かの間違いじゃないか知らんと思って一寸《ちょっと》キョロキョロしたもんだよ。ナアニ。みんな振り落されたのさ。ホントウの満点試験だからね。綴字《スペル》が一字違っていてもペケなんだから凄いよ。七十何人、試験料丸取られさ。これがお上《かみ》の仕事でなけあ、金箔付きのパクリだろう。
僕と一緒に居残った奴は、島根県の何とかいう三十ばかりの鬚男《ひげおとこ》だったが、広い教室のズット向うとこっちに離れて製図を遣るんだ。……お互に顔を見交《みかわ》して泣き笑いみたいな顔をし合ったっけ。…ところが翌る日行ってみると、今度はそいつがノックアウトされている。つまり一番年の若い僕だけがタッタ一人残った訳だが、心細いの何のってお話にならない。冥途《あのよ》の入口に一人ポッチで来たような気もちだ。しかし試験官は、それでも遠慮なんかミジンもしない。一匹もパスさせなくたって構わないんだから平気なもんさ。口頭試験で百三十ばかりの問題を立て続けにオッ冠せて来る。むろん片ッ端から即答さ。時計を睨みながら二三十秒ぐらい待ってくれるだけで、一分と過ぎたらその場で落第の宣告だ。恐らく僕の顔には血の気《け》が無かったろうと思う。それでもヤットの思いで汗を拭き拭き受け流して行くうちに試験官がパッタリと帳面を閉じたから、落第じゃないかと思ってハッとしていると、その顔を見ながら試験官の奴ニッコリしやがってね。イヤ、御苦労でした。成績は満点です。あちらの室《へや》で茶を飲みましょう。……と早口で云った時には、思わずポオーッと気が遠くなったね。しかし、それでも嬉しかったから尻尾《しっぽ》を振り振り、浮き足でクッ付いて行くと、廊下を一曲りした処の空《あき》部屋に僕を連れ込んで、熱い渋茶を一パイ御馳走した。その序《ついで》に室《へや》の中をグルリと見まわすと、試験官の奴モウ一度ニヤリと笑ったもんだ。
「この室《へや》に石炭が何|噸《トン》、詰まるでしょうかね」
と冗談みたいに吐《ぬ》かしおってね……しかも、その顔付きたるや、断じて冗談じゃないんだ。たしかにまだ試験の中《うち》らしい面構《つらがま》えをしてケ
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