ツカルんだ。考えてみるとサッキ満点を宣告した時には、ただ御苦労と云っただけで、お芽出度《めでと》うとは吐《ぬ》かさなかった。チョックラ油断させておいて、不意打ちにタタキ落そうという寸法なんだ。こんなタチの悪い試験に引っかかった事があるかね……恐らく無いだろう。
 そう気が付いた刹那《せつな》に僕はモウ一度気が遠くなりかけたね。そいつを我慢すべく熱い茶を一杯グッと嚥《の》み込むと、破れカブレの糞度胸《くそどきょう》を据えたもんだ。
「そうですねえ。六十|噸《トン》も這入りますかね」
 と冗談みたいに返事してやったら、試験官|奴《め》、眼を丸くしやがって、
「ヘエ。そんなに這入りますかね」
 と吐《ぬ》かしやがった。おまけに附け加えて、
「室《へや》の容積というものは見損ない易いものでね。誰でも初めて船に乗って、石炭を積むとなると、この見込みが巧く行かないので、下級船員から馬鹿にされる事になるのですが……ハハン……」
 と腮《あご》を撫でおった。……ナアニ。親切でソンナ事を云うもんか。ドギマギさせようという策略に違いないんだ。……ヘエ。それじゃ五十|噸《トン》ぐらいですか……とか何とか、お付き合いにでも云おうもんなら……ハイ。待ってました。九十九点九分九厘で落第……と来るんだろう。土に噛《か》じり付いても試験料をパクリ上げようという腹なんだからヒドイよ。そん時には流石《さすが》の僕も、思わずグッと来てしまったね。何しろ若かったもんだから……篦棒《べらぼう》めえ。どうでもなれという気になったもんだ。
「……ええ……しかし六十噸というのは試験の解答ですよ。天井までギッチリの勘定ですが、しかし実際をいうと、この問題は非常識ですね。本当にこの部屋に、それだけの石炭を詰め込んだら、壁と床が持たないでしょう。エヘヘヘヘヘ……」
 と冷やかし笑いをして見せたら、試験官の奴、塩《しょ》っぱい面《つら》をして睨み付けたと思うと、プリプリして出て行きおった。そこで僕も土俵際で落第したもんだと諦めて、その晩は久し振りに酒を呷《かぶ》ってグッスリ寝込んでいるうちに、いつの間にか夜が明けたらしい。下宿の婆さんがユスブリ起して「モウ九時だっせ。お手紙が来とりまっせ」と云うんだ。むろん落第の通知だろう。見たってドウなるもんか。勝手にしやがれと思い思い、何だか気になるから開けてみたら、豈計《あにはか》
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