の頭にならなくちゃ、一人前の機関長たあ云えないんだ。同時に圧力がコレ位しか上らないところを見ると石炭が悪いんだな……とか……どこかに故障があるんだなとかいう直覚が来る。向うの港に着くまでに石炭が足りるか足りないかといったような問題まで、同時にピーンと来るんだから、あの指針《はり》一本がナカナカ馬鹿に出来ないんだ。ソウ……第六感とでもいうかね。
 無論そこまで来るには僕も苦労したもんだよ。まあ聞き給え……。
 ……オーイ……這入れえ……。
 ……ヤッ来た来た。魔法瓶《テルモス》に入れて来たな。ボン州の癖に気が利いているじゃねえか。このウイスキーは誰のだ。何だ船長のか。イヨイヨ気が利いているぞ貴様は……勿体《もったい》なくもK、O、K、じゃねえか。ステキステキ。どうだいチョッピリ、ウイスキーを入れようか。ナニ。奈良漬に酔う? ナカナカ日本通だね君ゃ。それじゃカステラを遣り給え。上海から逆輸入の長崎名物だ。吾輩の話の聞き賃だ。ハハハハ……オイオイ……野郎。あとを閉めねえか。馬鹿野郎……。
 イヤ。全く久し振りにコンナ話をするがね。吾輩が機関長の試験を受けたのが二十一の年だった。イヤア君も二十一かい。そいつあ奇遇だね。ハハハハ。ところでソイツが満点試験と来ているから凄いだろう。ドレ位凄いか話してみなくちゃ解るまいがね。
 何しろこっちは、無けなしの貯金に借金の上塗《うわぬ》りした何十円也を試験料としてブチ込んでいる一方に、船乗片手間の独学と来ているんだから絶体絶命だ。高等数学の本なんかテンデわからない奴を、片《かた》ッ端《ぱし》から一冊分丸諳記さ。そんな無茶をやった事があるかい。無いだろう。トテモお話にならないんだ。兵庫の下宿の天井から、壁から、襖《ふすま》から、障子《しょうじ》から、電燈の笠まで、公式を書いた紙をベタベタ貼り散らして寝床の中から眼を開ければ、直ぐに眼に付くようにしている。諳記した奴は引っペガして、新しいのを貼るという寸法だ。下宿の婆さんが驚いて、コンナに沢山にまあ。これは及第のおまじない[#「おまじない」に傍点]ですかって聞くんだ。成る程おまじない[#「おまじない」に傍点]に違いないね。丸めて嚥《の》んでしまいたいくらい大切なおまじない[#「おまじない」に傍点]だからね。ハハハ。
 それから当日試験場へ行くと、初日は筆記試験ばかりだったが、コイツは兎《と》
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