その時、坂の下一面に涯《は》てしもなく重なり合っている黒い屋根や、明滅する広告電燈や、その上に一パイに散らばっている青白い星の光までもが皆、彼女の吐き散らかした虚構《うそ》の残骸そのもののように思われるのであった。

 私は身ぶるいを一つしながら紅葉坂を馳け降りた。来合わせたタキシーを拾って神奈川県庁前の東都日報支局に横付けて、中学時代の同窓であった同支局主任の宇東《うとう》三五郎をタタキ起して、程近い鶏肉屋《とりや》の二階に上った。そこで「面白いネタになるかも知れないが」と言うのを切出しに、彼女に関する今までの事実を逐一、包まずに説明して、一体どうしたものだろうと宇東主任の意見を聞いてみた。
 自慢の船長|髯《ひげ》をひねりひねり黙って聞いていた宇東三五郎は、やがて私の顔を見てニンガリと薄笑いをした。彼一流の率直な口調で質問した。
「ふうん。そこで僕は君から一つ真実の告白を聞かせて貰わにゃならん」
「何も告白する事はないよ。今の話の外には……」
「ふうん。そんなら彼女と君との間には何の関係もないチュウのじゃな」
「……馬鹿な……失敬な……俺がソンナ……」
「わかった、わかった。それで
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