深いタメ息を一つ吐きながらコンナ奇妙な事を言い出した。
「ねえ貴方。姫草って言う娘《こ》は何て不思議な娘でしょう。まったく掴ませられている事がハッキリわかっているのに妾、どうしてもあの娘を憎む気になれないのよ。白鷹の奥さんも、やっぱり妾たちとオンナジ気持で、あの娘をお可愛がりになったに違いない事が、今やっとわかったのよ。今の今までお姉さんと、その事ばっかり話していたとこなのよ」

 この言葉を聞いた時に私はヤット決心が付いた。彼女……姫草ユリ子の不可思議な、底の知れない魅力……今では私の姉や妻までもシッカリと包み込んでしまっている恐るべき魔力に気が付いたので、思わずホッと溜息を吐《つ》いた。……と同時に、その美しい霧か何ぞのように蔽《おお》いかぶさって来る彼女の魔力から逃れ出る一つの手段を思い付いたので……それは少々乱暴な、卑怯に類した手段ではあったが……姉にも妻にも故意《わざ》と一言も言わないまま立ち上って、今一度、玄関に出て帽子を冠《かむ》った。妙な顔をして見送る二人に何処へ行くとも言わないで靴を穿《は》いた。そのまま勢いよく紅葉坂の往来へ飛び出したが、何と言う恐ろしい事であろう。
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