を落ち着けて置かねば、すぐに、この上もなく非常識な、恐ろしい不安がコミ上げて来て、トテも凝然《じっ》として三十分間も電車に乗っておれない気がしたのであった。それでも電車がブンブン揺れながら、暗黒の平地を西へ西へと走るのがたまらなく恐ろしくなって、途中で飛び降りてみたくなったくらい私は、一種探偵小説的に不可解な、不安な昂奮の底流に囚われていたのであった。横浜へ帰ったら、私の家族と私の病院が、姫草ユリ子|諸共《もろとも》に、何処かへ消え失せていはしまいか……と言ったような……。

 桜木町駅に着いたのは何時頃であったろうか。そこから程近い紅葉坂の自宅まで、何かしら胸を騒がせながら、雨上りの道を急いで行くと、突然に背後《うしろ》の橋の袂《たもと》の暗闇から、
「……臼杵センセ……」
 と呼び掛ける悲し気な声が聞こえて来たので、私はちょうど予期していたかのようにギクンとして立ち佇まった。それは疑いもないユリ子の声であった。
 ユリ子は今日の午後、外出した時の通りの姿で、黒い男持の洋傘《こうもり》を持っており、夜目にも白い襟化粧をしていたが、気のせいか瞼の縁が黒くなっていたようであった。
 彼女
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