び出したい気持で、白鷹氏の次の言葉を待った。
 その時に最前のとは違った給仕が一人、階段を駆け上って来る音がした。
「横浜の臼杵先生がお出でになりますか」
「僕だ、僕だ……」
 私はホッとしながら振り向いた。
「お電話です。民友会本部から……」
「民友会本部……何と言う人だ」
「どなたかわかりませんが、横浜からお出でになった代議士の方が、本部で卒倒されまして、鼻血が出て止まりませんので……すぐに先生にお出でが願いたいと……」
「待ってくれ……相手の声は男か女か……」
「御婦人の声で……お若い……」
 給仕は何かしらニヤニヤと笑った。
「……馬鹿な……名前も言わない人に診察に行けるか。名前を聞いて来い。そうして名刺を持った人に迎えに来いと言え」
 これは私のテレ隠しの大見得と、同席の諸君に解せられたに違いないと思うが、その実、あの時の私の心境は、そんなノンビリした沙汰ではなかった。……卒倒して鼻血……という言葉がアタマにピンと来た私は、すぐに今朝ほどの白鷹婦人に関する彼女の報道を思い出したのであった。
 彼女……姫草ユリ子は、鼻血が出て止まらない場合に、耳鼻科の医師が如何に狼狽し、心配す
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