るかを、何処かで実地に見て知っていたに違いない。だから私が裏切り的に庚戌会に出席した事を、電話か何かで探り知った彼女は、狼狽の余り、おなじ日に、おなじ種類の患者を二度も私にブツケルようなヘマな手段でもって、私と白鷹氏の会見を邪魔しようと試みたものであろう。絶対絶命[#「絶対絶命」はママ]の一所懸命な気持から、果敢《はか》ない万一を期したものではあるまいか。もちろん偶然の一致という事も考えられない事はないが、彼女を疑うアタマになってみると断じて偶然の一致とは思えない。私は彼女……姫草ユリ子の不可思議な脳髄のカラクリ細工にマンマと首尾よく嵌《は》め込まれかけている私の立場を、この時にチラリと自覚したように思ったのであった。
私は一生涯のうちにこの時ほど無意味な狼狽を重ねた事はない。
私はそのまま列席の諸君と白鷹氏にアッサリと叩頭《おじぎ》しただけで、無言のままサッサと部屋を出た。またも湧き起る爆笑と、続いて起るゲラゲラ笑いとを、華やかに渦巻くジャズの旋律と一緒にフロックの背中に受け流しながら、愴惶《そうこう》として階段を駈け降りた。通りがかりのタキシーを拾って東京駅に走りつけた。そうし
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