の顔を睨み付けたが、これは睨んだ方が無理であったろう。
そのうちに血色を恢復した白鷹氏の唇が静かに動き出した。
「おかしいですね。妻は……久美子は今朝から教会の会報を書くのだと言って何処へも行きません。無事に自宅《うち》におりましたが」
「ヘエッ……嘘なんですか。それじゃ……」
「……嘘? ……僕は……僕はまだ、何も言いませんが君に……初めてお眼にかかったんですが……」
またドッと起る爆笑……。
「……姫草ユリ子の奴……畜生……」
白鷹氏は突然に眼を剥《む》き出して、半歩ほど背後《うしろ》によろめいた。……が直ぐに踏止まって、以前の謹厳な態度を取り返した。心配そうに息を切らしながら、私の顔を覗き込むようにした。
「……姫草……姫草ユリ子がまた……何か、やりましたか」
「……エッ……」
私は狼狽に狼狽を重ねるばかりであった。
「……また、何か……と仰言るんですか先生。先生は前からあの女……ユリ子を御存じなのですか」
私は思わず発したこの質問が、如何に前後撞着した、トンチンカンなものであったかを気付くと同時に、自分の膝頭がガクガクと鳴るのをハッキリと感じた。……助けてくれ……と叫
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