しさと、助かったという思いを胸に渦巻かせながら……。
 ところが私はその次の瞬間に面喰らわざるを得なかった。非常に不愉快な、苦々しい表情をしいしい、微かに礼を返した白鷹先生の、謹厳この上もない無言の態度と、数歩を隔てて真正面に向い合った私は、ものの二、三分間も棒を呑んだように固くなって、突立っていなければならなかった。多分白鷹氏は、こうした私の面会ぶりがあまりにも突然で狃《な》れ狃れしいのに驚いて、面喰っておられた事と思う。況《いわ》んや久しく物も言った事のない人間にイキナリ「先日はありがとう」なぞと言いかけられたら誰だって一応は警戒するにきまっている。ことによると物慣れた氏が、幹事役だけに私を、こうしたダンス宴会荒しの所謂《いわゆる》フロック・ギャングと間違えられたものかも知れないが、その辺の消息は明らかでない。とにも角にもこうして二、三分間|睨《にら》み合ったまま立ち辣《すく》んでいるうちに、私はとうとう堪えられなくなって次の言葉を発した。
「どうも……何度も何度もお眼にかかり損ねまして……やっとお眼にかかれて安心しました」
 こうした私の二度目の挨拶は、だいぶ固苦しい外交辞令に近
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