つ在る事を自覚し過ぎるくらい、自覚していた彼女自身の内心の遣《や》る瀬《せ》ない憂鬱さが、私の神経に感じたものかも知れないが……。

 いつもの通り病院を仕舞った私は、雨上りの黄色い夕陽《ゆうひ》の中を紅葉坂の自宅に帰って、夕食を仕舞った。その序に、白鷹夫人のきょうの出来事を比較的明るい気持で喋舌《しゃべ》っていると、そのうちに黙って給仕をしていた妻の松子がフイッと大変な事を言い出した。
「ねえあなた。姫草さんの話は、あたし、どうも変だと思うのよ」
「……フウン……ドウ変なんだい」
「あたしこの間からそう思っていたのよ。姫草さんが紹介した白鷹先生に、貴方がどうしてもお眼にかかれないのが、変で変で仕様がなかったのよ」
「ナアニ。廻り合わせが悪かったんだよ」
「いいえ。それが変なのよ。だって、あんまり廻り合わせが悪過ぎるじゃないの。あたし何だか姫草さんが細工して、会わせまい会わせまいと巧謀《たくら》んでいるような気がするの」
「ハハハ。『どうしても会えない人間』なんて確かにお前《まい》の趣味だね。探偵小説、探偵小説……」
 ことわって置くが妻の松子は、女学校時代から「怪奇趣味」とか言う探偵
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