婆《でしゃば》った真似をするんじゃないよ」
 と戒《いまし》めてから私は平常の通り診察にかかったが、彼女は別にお見舞に行こうとする私を強《し》いて止めようとする気色も見せなかった。
 しかし午後一時から三時までの私の休息時間が来て、程近い紅葉坂の自宅に帰ろうとすると、その玄関で彼女がまたも私の前に駈け寄りながらシオシオと頭を下げた。
「先生。すみませんけど、きょうの午後から、ちょっとお暇を頂きたいんですの」
「うん。きょうは手術がないから出てもいいが……何処へ行くんだい」
「あの……白鷹先生の奥様の処へ、お見舞に行きたいんですの。どうしても一度お伺いしなければ……と思いますから……」
「うん。そりゃあ丁度いい。僕も今夜あたり行こうと思っているんだから、そう言っといてくれ給え」
「ありがとうございます。では行って参ります」
「気を付けて行っといでよ。お天気もモウ上るだろう」
 彼女と私とがコンナ風にシンミリとした憂鬱な調子で言葉を交した事はこの時が初めてだったように思う。何となく虫が知らせたとでも言おうか。それともこの時すでに、白鷹先生の事に関して、絶体絶命の破局にグングン追い詰められつ
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