ットモット詳しく知っているらしい口吻《くちぶり》であったのに……もう一度白鷹氏と会えるかどうか、わからなかったのに……と気が付いたのであった。
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 ……いずれにしても白鷹氏と姫草ユリ子とが全然、無関係でない事は確実《たしか》だ。私の知っている以外に姫草ユリ子は白鷹氏に就いて何事かを知り、白鷹氏も姫草ユリ子に就いては何事かを知っているはずなのに……。
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 そう考えて来るうちに、私の頭の中にまたもかの丸の内倶楽部の広間《ホール》を渦巻く、燃え上るようなパソ・ドブルのマーチが漂い始めた。
 私はまたも彼女を信用する気になって来た。私は彼女がコンナにまで深刻な、根気強い虚構《うそ》を作って、私たちを陥れる必要が何処に在るのかイクラ考えても発見出来なかった。それよりも事によると私は、姫草ユリ子に一杯喰わされる前に、白鷹氏に一杯かつがれているのかも知れない……と気が付いたのであった。第一、この間、電話で聞いた白鷹氏の朗らかな音調と、今日会った白鷹氏のシャ嗄《が》れた、沈んだ声とは感じが全然違っていた事を思い出したのであった。
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 ……そうだ。白鷹氏は故意《わざ》と、あんなに冷厳な態度を執《と》って後輩の田舎者である俺を欺弄《かつ》いでおられるかも知れない。アトで大いに笑おうと言う心算《つもり》なのかも知れない。東京の庚戌会に出席して斯界《しかい》のチャキチャキの連中と交際し、連絡《わたり》を付けるのは地方開業医の名誉であり、且、大きな得策でもあり得るのだから、その意味に於て優越な立場にいる白鷹氏は、キット俺が出席するのを見越して、アンナ風に性格をカムフラージしていろいろな悪戯《いたずら》をしておられるのかも知れない。
 ……そうだそうだ。その方が可能性のある説明だ。それがマンマと首尾よく図に当ったので、あんなに皆して笑ったのかも知れない。 
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 ……と……そんな事まで考えるようになったが、これは私が元来そう言った悪戯が大好きで、懲役に行かない程度の前科者であったところから、自分に引き較べて推量した事実に過ぎなかったであろう。同時にそこには姫草ユリ子から植え付けられた白鷹氏の性格に関する先入観念が、大きく影響していた事も自覚されるのであるが、とにもかくにも事実、そんな風にでも考えを付けて気
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