。そう言うんだ。ウンウン。妻も聞いて喜んでいるんだ。何しろ娘みたいに可愛がっていたんだからね。ウンウン。看護婦になるって青森県を飛出したところなんかは少々馬鹿かも知れないがね。看護婦に生まれ付いているのだろう。仕事は実に申し分ないんだ。僕が保証するよ。可愛がってくれ給え。ハハハ。イヤ久し振りに君に会ってみたいんだ。どうだい。相変らず飲めるかね。ウン結構結構。……ところで君は在京の耳鼻咽喉科の医者連中がやっている庚戌会《こうぼくかい》って言うのを知っているかね。それだ。ウンウン。九州にいる時分に聞いていた。明治四十三年の庚戌の年に出来た会……ウン。それだ、ナアニ。毎月一回ずつ三日か四日の日に、みんなが寄って旧交を温めたり、不平を言い合ったりして飲んだくれる会さ。ステキに朗らかな会なんだ。それが来月は三日にきまったからね。場所は丸の内倶楽部……午後六時からなんだが、君やって来ないか。会費なんかその時次第だがイクラもかからない。ウン是非来てくれ給え。ウンウン。アハアハ。まだお眼にブラ下らないが奥さんにもよろしく……」
 と言ううちに時間が切れてしまった。私が受話器をかけると直ぐ横に彼女が立っていて、可愛らしく小首を傾《かし》げながら、
「まあ。断《き》っておしまいになったの。あたしからもお話したかったのに……でも、どんなお話でしたの……」
 と心配らしく眼を光らしているのであった。
「ウン。驚いたよ。恐ろしくザックバランな先生だね。少々巻舌じゃないか」
「……でしょうね。そりゃあ面白い方よ」
 それから電話の内容を話して聞かせると、如何にも安心したらしく、さも嬉し気にピョンピョン跳ねて廊下を飛んで行くのであった。
「ホントに白鷹先生ったらスッキリした、いい方だったわ。親切な方……妾大好き……」
 なぞと感激に満ち満ちた、軽い独言《ひとりごと》を言いながら……すこしの不自然もなく私に聞こえよがしに言いながら……。
 ところが、それから二日目の朝、私が出勤すると間もなく、平生《いつ》になく不機嫌な顔をした彼女が、揉《も》みくしゃにした便箋を手に握りながら、妙に身体をくねらして私の前に立った。可愛い下唇を反《そ》らして言うのであった。
「ほんとに仕様のない。白鷹先生ったら。仕事となると夢中よ」
「どうしたんだい。独りでプンプンして……」
「いいえね。昨夜の事なんですの。白鷹先生
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