その架空の人物と彼女との親密さを私に信じさせる事によって、彼女自身の信用を高め、彼女の社会的な存在価値を安定させようと試みている一つのトリック人形でしか白鷹先生はあり得ないのであったが、軽率な私は、そのトリック式白鷹先生の存在を百二十パーセントに妄信させられていた……私と同様な気軽な、茶目式の人物と思い込んでしまったために、こんな軽はずみな事を彼女に頼んだ次第であった。
 ところが彼女のこうした不可思議な創作能力は、それからさらに百尺竿頭百歩を進めて、真に意表に出ずる怪奇劇を編《あ》み出す事になった。……と言うのは御本人の白鷹先生も御存じないK大耳鼻科の白鷹先生から、白昼堂々と電話がかかって来たのであった。
 私が開業してから、ちょうど三月目……本年の九月一日の午後三時半頃、彼女が電話口から診察室に飛んで来た。
「先生。先生。白鷹先生からお電話です」
 大勢の患者を診察していた私は驚いて振り返った。
「ナニ。白鷹先生から電話……何の用だろう」
「まあ。先生ったら……この間、妾に紹介してくれって仰言ったじゃございません。ですから妾、昨日お電話でモウ一度そう申しましたの……お忙しい時間もチャンとそう言って置きましたのに……今頃お掛けになるなんて……」
 と彼女はイクラか不平そうに可愛い眉を顰《ひそ》めるのであった。こうした技巧と言ったら、それこそ独特の天才と言うべきものであったろう。実に真に迫ったものがあった。彼女と、彼女の創作した白鷹先生との親密さに就いて、微塵の疑いをさし挾む余地もないくらい真に迫ったものであった。
 電話に出ていた相手の男性……白鷹先生に非《あら》ざる白鷹先生は、彼女の説明通りに、如何にも快活らしい朗らかな声の持主であった。しかも、それがほとんど私に一言も口を利かせないまま、一気に喋舌《しゃべ》り続けた。
「ヤア。臼杵君か。暫く。御機嫌よう。イヤ御無沙汰御無沙汰。景気はどうだい。ウンウン。姫草から聞いたよ。結構結構。ウンウン。姫草って奴はいい看護婦だろう。こっちで、あんまり良過ぎるもんだから看護婦長から憎まれてね。とんでもない濡衣《ぬれぎぬ》を着せられて追い出されちゃったんだよ。僕の妻《かない》が非常に可愛がっていたんだがね。イヤ。本人も喜んでいるよ。この間と昨日と二度電話をかけてね。君ん処《とこ》は非常に居心地がよくて働き甲斐《がい》があるってね
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