仰言ってね。先生をトテモ大切になさるんですよ。仲がよくってね……」
「アハハハ。何でもいいから、そのうちに……きょうでもいいから一度、君から電話かけといてくれないかね。臼杵がお眼にかかりたがっているって……」
「……まあ。妾なんかが御紹介しちゃ失礼じゃございません……?」
「なあに構うものか。白鷹先生なら、そんな気取った方じゃないんだよ」
そう言って私は姫草ユリ子に頭を一つ下げた。
彼女は、そう言う私の顔をすこし近眼じみた可愛い瞳《ひとみ》でチョット見上げていたが、何故か多少、悄気《しょげ》たように俛首《うなだ》れて軽いタメ息を一つした。聊《いささ》か怨《うら》めしそうな態度にも見えたが、しかし私はソレを彼女独特の無邪気な媚態《びたい》の一種と解釈していたので格別不思議に思わなかった。
「……でも妾……看護婦|風情《ふぜい》の妾が……あんまり失礼……」
「ナアニ。構うもんか。看護婦が紹介したって先生は先生同士じゃないか。白鷹先生はソンナ事に見識を取る人じゃなかったぜ」
「ええ。そりゃあ今だって、そうですけど……」
「そんなら、いいじゃないか……僕が会いたくて仕様《しよう》がないんだから……」
彼女は仕方がないという風に肩を一つユスリ上げた。奇妙な、泣きたいような笑い顔をニッコリとして見せながら、
「ええ。妾でよければ……いつでも御紹介《おひきあわせ》しますけど……」
「ウン。頼むよ。きょうでもいい。電話でいいから掛けといてくれ給え」
それはイツモの気軽い彼女には似合わない、妙にコダワッた薄暗い応対であった。しかし間もなく平生の無邪気な快活さを取り返した彼女は、さもさも嬉しそうに……あたかも白鷹助教授と臼杵病院長を紹介する光栄を喜ぶかのようにピョンピョンと跳ね上りながら電話室へ走り込んで行った。
その後ろ姿を見送った私は、モウ何も疑わない朗らかな気持になっていたが、何ぞ計らん。この時すでに私は彼女に一杯|喰《く》わされていたので、彼女もまた同時に、彼女の生涯の致命傷となるべき悩みの種子《たね》を彼女自身の手で萌芽させていたのであった。
彼女の言う白鷹先生というのは、彼女の識っている白鷹先生とは性質の違った白鷹先生であった。要するに彼女の機智が、私をモデルにして創作した……私の機嫌を取るのに都合のいいように創作した一つの架空の人物に過ぎないのであった。しかも
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