支配される時代は、まだまだ遙かの遠い処に在ると申さねばなりません。
 ……ですから皆様は、婦人に生まれられた事を喜ばなければなりません。御存じのお方もありましょうが、太閤記の浄瑠璃《じょうるり》で、主君を攻め殺して天下を取ろうとする明智光秀が、謀反《むほん》に反対する母親や妻女を『女子供の知る事に非ず』と叱り付けております。あの時代でも只今でも同じ事で、婦人はそのような、醜い、邪悪な、生存競争の全部を、世界始まって以来男性に任せ切りで、自分たちは皆申し合わせたように美と愛の生活を独占して参りました。その純真、純美な愛の心によって、料理、裁縫、育児の事にのみいそしんで、その家庭生活を美化し、平和化し、子孫を正しい、美しい心に教育する事ばかりに努力して来ました。そうして次第次第に腕力、武力の野蛮な闘争の世界を克服して、昔の人の想像も及ばぬ幸福安楽な、今日の文明世界を生み出して参りました。
 ……ですから皆様は決して恐るる事はありません。私は皆様に平和を尚《たっと》ぶ心を植え付け、忍従と美を愛する心掛をお教え致しました。皆様はこの心をもって、男性が作る残酷な、血も涙もない、厚顔無恥な悪徳の世界と戦わなければならぬ使命を、まだ歴史のない大昔以来、心の底から本能的に伝統してお出でになるのであります。ですから、その皆様の、美しい、優しい平和と忍従を尚ぶ本能のまにまに、この世界を一日も早く浄化し、良心化して、人類相互の心からなる平和の世界……婦人の美徳によってのみ支配される世界を一日も早く、育て上げられるように、毎日毎日全力を揚げて働いてお出でになりさえすれば、それでよろしいのであります。
 ……それは決して困難な事でも、わかり難い事でもありません。家庭に於ける婦人の美しい本能……清らかな愛情は、この男性と戦う唯一、無敵の武器であります。どんなに気の荒い、血も涙もない男性でも、この婦人の底知れぬ忍従と、涯てしもない愛情によって護られた家庭の中に在っては、底の底から安心して平和を楽しむ心になるのであります。そうして知らず知らずのうちに大きな感化を、その心の奥底に植付けられて行くのであります。家庭内に争議を起す婦人は災なる哉《かな》。……どうか皆様は一日も早く健全な家庭を持たれて、潔白な、正直なお子さんを大勢育て上げられて、来たるべき日本国を出来るだけ清らかに、朗らかに、正しく、強く
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