されん事を、私は衷心から希望して止まないのであります。
……私はこの希望一つのために、生涯を棄《す》ててこの事業に携わっておる者であります。……繰り返して申します。皆様は私の心の子供であります。この子供たちをかような尊い戦いのために、今日只今から社会に送り出す私の心持……お別れに臨《のぞ》んで……」
校長先生のお話がここまで参りました時に、満場から湧き起った拍手のたまらない渦《うず》巻き……それから暫《しばら》くの間続いたススリ泣きと溜息……。
それから卒業式の時と同様に唄い出されました、涙ぐましい「螢の光」……。
ああ。何と言う感激にみちみちた光景でありましたろう。何という神々しい校長先生のお姿でありましたろう。
その謝恩会がすみますと直ぐに私は、帰り道の途中に在る殿宮視学官様のお宅をお訪ねしました。そうして学校一の美人で、学校一の優等生と呼ばれてお出でになる殿宮アイ子様にお眼にかかりまして、大切な秘密のお話がありますからと申しまして、二人きりで応接間に閉じこもりました。
殿宮アイ子さんは在学中、私の大切な大切な愛人《アミ》だったのです。お友達のうちで詩というもののホントウにおわかりになる方はアイ子さんお一人だったのです。誰も知りませんけれども、時々コッソリとお眼にかかった事が何度あるかわかりませんので、あの物置のアバラ家の二階で、虚無のお話をし合ったのも一度や二度ではなかったのです。けれども、こうしてお宅を訪問した事はこの時が初めてだったのです。
殿宮アイ子さんはホントにシッカリした方でした。私の話をお聞きになっても、驚きも泣きもなさらないで、美しい唇をシッカリと噛みしめ、張りのある綺麗なお眼を真赤にして輝かしながら、私の長い長いお話をスッカリ受け入れて下さいました。そうして私のお話がすみますと、やっと少しばかりの涙を眼頭にニジませながら、思い詰めたキッパリした口調で言われました。美しい美しい静かなお声でした。
「……ありがとうよ。歌枝さん。お蔭で今まで私にわからなかった事がスッカリわかりましたわ。私が初めて知りました真実《ほんと》のお父さん……森栖校長先生を反省さして下さる貴女《あなた》の御親切に私からお礼を言わして下さいましね。貴女のなさる復讐《ふくしゅう》は、どんな風になさるのか存じませんけど、貴女の仰言る通りに、誰にもわからないようにその
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