二人でこの学校の寄宿舎にいた時分から、大切な大切な親友だったのですからね。その大切な大切な舞坂さんをお泣かせになったのが貴方ですから、どうして知らないでおられましょう。……私はソンナ処から貴方の御生活に興味を持って、いろいろと苦心しながら、貴方に近付く機会を狙っていたのですからね。ね、おわかりになったでしょう。女の一心というものは怖いものですよ。オホホ……。
 いいえいいえ。妾は黙っておる訳には参りません。私は在来《ありきた》りの手も力もない日本式の女性とは違うんですからね。意地になったらドコドコまでも意地になって行ける自信を持った女ですからね。自慢では御座いませんが、女の腕一つで男の子を二人育てて来た女ですからね。一通り世間の事は知り抜いている女ですよ……貴方が二十年前に、あの天使のように美しい舞坂さんを抱き締めて仰言った愛の言葉を発表する方法を存じておりますよ。どうぞどうぞこの淋しい独身者《ひとりもの》を憐れんで下さい……とね。ホホホ……」
 それから先の問答は、気が顛倒《てんとう》しておりましたせいか一々記憶に止まっておりません。けれども、かいつまんで申しますと、校長先生の一所懸命の御弁解で、虎間先生はやっと間違いの原因を納得されました。そうして虎間先生を奏任待遇にすることと昇給させる事を条件として、校長先生の過ちを許して上げると言う事で、お話が折合った模様で御座いました。
 それに引き続いて今度は、私の口を塞《ふさ》ぐ方法に就いてヒソヒソと話し合っておられたようでした。クスクス笑いの声と一緒に「大阪」とか「廃物利用」とか言ったような言葉がチラチラと洩れて来たようでしたが、大部分はほとんど聞こえませんでした。他人に言えと仰言ってもコンナ秘密をお喋舌《しゃべ》りするような私ではないのにと思い思い、胸を一パイにして聞いておりました。そうして最後にお二人はコンナ問答をされました。
「よう御座いますか森栖さん。万一、貴方が奏任待遇と昇給のお約束をお忘れになると、貴方が大変な御損をなさる事になるのですよ。妾はもうこの春に二人の子供が大学と専門学校を一緒に卒業するばっかりになっておりますし、一生喰べるくらいの貯えは今でも持っているのですから、世間からドンナ事を言われても怖い事はありません。ただこの上の欲には二人の息子の結婚費用と恩給を稼がせて頂けばいいのですから……どんな
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