威丈高になっていられる虎間先生の前に両手を突いて、半泣きの声を出しながら、どんなにペコペコと謝罪《あやま》られましたことか。
「いいえ、間違いとは言わせません。貴方は妾ばかりじゃない。コンナ風にして何人も何人も女を欺《だま》してお出でになるのです。私は何もかも知っているのですよ。成績の悪い生徒の点数を良くして遣《や》ると仰言って、その生徒やお母さん達に貴方が何を要求してお出でになるかも、よく存じておりますのですよ。貴方の商売道具は、貴方のポケットの中に在る全校の生徒の試験問題ですからね。貴方の下宿のお二階に尋ねて来られた生徒さんとお母さんのお名前は皆、私のノートに書き止めて御座いますよ。貴方の下宿のお神さんが、こんな事に就いて口の固い理由《わけ》も、妾はズット以前から詳しく存じているのですよ。ホホホ……。
そればっかりじゃ御座いませんよ。今の五年の優等生の殿宮アイ子さんは、貴方の実のお子さんではありませんか。イイエ。お隠しになっても駄目です。毎日毎日お顔を見ているうちにはハッキリとわかって参ります。メンデルの法則って恐ろしいものじゃありませんか。女の児は父親に男の児は母親に似るってほんとうですわね。よく御覧なさい。貴方に生写《いきうつ》しじゃありませんか。貴方は、貴方が妊娠させて卒業おさせになったトメ子さん……舞坂トメ子さんの気の弱いのに付け込んで、欺したり賺《すか》したりして、あの色男の好色漢の殿宮小公爵の処へ媒酌なすったのでしょう。そうしてその殿宮の甘ちゃんに遊び事で取り入って、どこどこまでも温柔《おとな》しい、日本婦人式に謹しみの深い天使のような殿宮夫人を、二重にも三重にも苦しめ苛責《さい》なむのを、一つの秘密の楽しみにしてお出でになったのでしょう……イイエ。貴方はソンナ性格の方なのです。御自分の無良心な、二重人格式の性格の人知れぬ強さを、どこどこまでも深刻に楽しみ、誇って行こうとしておられる、変態趣味的に極端な個人主義の凝固《こりかた》まりなのです。
こんな事を知っているのは今のところ妾と舞坂トメ子さん……今の殿宮夫人と二人だけで、御本人のアイ子さんもまだ、お気づきにならないようです。ただ一途に貴方の事を立派な人格の校長さんとばかり思い込んで尊敬してお出でになるようです。そうした有難い舞坂トメ子さんの心遣いが貴方におわかりになりますか。私と舞坂さんとは、
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