な眼で私を見ておりましたが、そんな気持も私は察し過ぎるくらい、察しておりました。
 忘れもしません。今年の三月十七日、私たちの卒業式のあった日の午後の事でした。私は式から帰って来て、制服を平常《ふだん》着に脱ぎかえております間に、茶の間で話しております両親の言葉を聞くともなく聞いて終《しま》いました。
「あれが片付かんと、妹二人を縁付ける訳に行かんからのう」
「そうですねえ。寧《いっそ》のこと病気にでもなって、死んででもくれればホットするのですが、あれ一人は一度も病気もしませんし……」
「ハハハ。生憎なもんじゃ。片輪なら片輪で又、ほかの分別もあるがのう」
 こんな会話を聞きました時の私の気持……世間的には随分、気の強い女になったつもりでおりながらも、内心ではまだ、ありとあらゆる愛情というものに、焦げ付くほどの執着を持っておりました私が、人間としての最後の愛からまでも見離されておることを、ハッキリと知りました時の私のたまらなさ……そうした会話の中に満ち満ちているある冷たい憎しみが、親としての愛情の変形に過ぎない事は十分にわかっていながらも、自殺するよりほかに行く道のない立場に置かれている私自身を暗示された時の、私の悲しみ……いつまでも火星の女ではすまして行かれない、絶体絶命の私の立場……それでも気が弱くて、とても自殺なんか出来そうにない女のセツナイ悲しみが、男性の方にお解《わか》りになりましょうか。
 私はこの涯てしもない空虚の中に身を置く処がなくなったのです。
 私は只今のような両親の話を洩れ聞きました夕方、御飯を戴きますと間もなく、お友達と活動を見に行くと申しまして、お母様から買って頂いたまま、まだ一度も袖を通した事のない銘仙《めいせん》の、馬鹿馬鹿しいくらい派手な表現派模様の袷《あわせ》を着まして、妹たちに気付かれないようにソッと家を抜け出しました。学校の裏門の横の空地に在るポプラの樹の蔭から、コンクリートの塀を乗り越えて、校庭の便所の蔭に飛び降りました。それくらいのことは私に取って何でもなかったのです。
 私は、それから久し振りに今一度、あの廃屋《あばらや》の二階の籐椅子の上にユックリと袖を重ねて、あの懐かしい、淋しい空を眺めながら、静かな静かな虚無の思い出に立ち帰りましょうと思って、新しいフェルト草履《ぞうり》を気にしいしい、人影のない、星ばかり大きい校庭の
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