式になっている、享楽の豪華版なんだ。勘定は受持つから是非彼女を引張って来たまえ」
「ヘヘヘ。恐れ入ります」
「イヤ。彼女は面白いよ。だいぶ変っているよ。僕も今夜はモット若いのを連れて行く」
 と言うようなお話も、何かの因縁のように、不思議と私の耳の底に残っておりました。
 そのようなお話を取集めて考えてみますと、校長先生は、御自分の名誉と地位を利用して、学校をお金儲けの道具に使ってお出でになるのでした。そうして、そんなようなお金を使って、どこか秘密の場所で、お友達を集めて遊んでお出でになるのでした。
 けれども私はチットモ驚きませんでした。
 私は涙もろい気の弱い女の癖に、そんな恐ろしい、浅ましいお話を聞くのが面白くて面白くて仕様がないのでした。そうして、とうとうたまらない好奇心に駆られました私は、そんなお話を聞いた後に二、三度、学校の帰りに温泉鉄道に乗って、温泉ホテルを見に行って来ました。どんな人が来て、どんな事をする処かスッカリ見定めて来ましたが、そんな事を見たり聞いたりするのが又、何よりの修養になるのでした。つまり、そんな風にどこどこまでも浅ましい世間の様子がわかって参りますうちに、私の心のうちに拡がっております虚無の流れがイヨイヨハッキリ鏡のように澄み渡って来るのでした。
 私は世間に対してこの上もなくシッカリと強くなって来ました。どんなに笑われても軽蔑されても、私は平気で微笑し返すことが出来るようになりました。世間の人々が……この地球全体までが、大きな虚無のうちに生み付けられておる小さな虫の群れに見えて来ました。そうして、そんな虚無の中で、平気で悪い事をする虫ならば、こちらも平気でヒネリ潰して遣っても構わないような気持になって来ました。……女新聞記者になったら面白かろう……なぞと空想したのもその時分の事でした。
 虚無なんて事を考える女は、女として価値《ねうち》のない女でしょうか。同窓の人達は皆私を「火星の女」とか「男女《おとこおんな》」とか綽名を付けておられたようです。何だか私の顔を見るたんびに、気味わるそうに溜息を吐いておられるようでした。御自分たちが、私のような女に生まれなかった事を、安心しておられたようにも思えましたが、違っておりましたでしょうか。
 私の両親も私の顔を見るたんびに溜息ばかり吐いておりました。親としての興味を全くなくしたような絶望的
前へ 次へ
全113ページ中88ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング