地獄に堕ちた死人の形相であった。髪が乱れ、ズボン釣がはずれ、ネクタイがブラ下ったまま、白い唇をガックリと開き、舌をダラリと垂らし、膝頭をワナワナと戦《おのの》かせながら、夢遊病者のように両手を伸ばしてヒョロヒョロと部屋を出て行こうとした。唇を噛んだまま見送っていた眉香子が、長襦袢の裾を掻き合わせながら呼び止めた。
「アラ。あんた、ダシヌケにどうしたの……」
「…………」
「恐いの……」
「…………」
「マア、何がソンナに怖いの……まあ落ちついてここにいらっしゃいよ。何も怖がることないじゃないの……」
「…………」
「アレはね……あの電灯《あかり》はね。何か事故が起った時に事務所の宿直がアンナことするのよ。大したことじゃないのよ、チットモ……」
「…………」
青年は一言も返事をしなかった。青鬼に呼び止められた亡者のような悲し気な顔でチラリと、恐ろしそうに眉香子の顔を振り返っただけで……それでもイクラか落ちついたらしく、長椅子の上に引っかけた上衣を横筋違いに引被りながら、ヨロヨロと応接間を出て行った。眉香子も声ばかりで追っかけて、椅子から立ち上ろうともしなかった。
「まあ、変な人ねえ、ア
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