ケラケラと笑った時などは、よく気絶しなかったと思うくらい真剣になって、アトからアトから湧起って来る胴震いを我慢していたもので、あの時ぐらい怖しかった事は一生を通じて一度も無かった。
 だから、それから後は只ドコまでも運命と闘って見る気で、マユミとの生活を楽しむよりほかに何も考えないようにして来た。マユミと一緒に撮った写真も、だから万一の場合のお名残《なごり》の気持で撮ったものに過ぎなかった。
 だからこの世に思い残す事はモウ一つも無い……云々と……。
 一方に草川巡査も静かに考えてみると、一知に疑いをかけるようになった気持のソモソモは、事件の起った朝、駐在所を出て何の気もなく裏山伝いに行こうとした時の一知の驚きの声であったように思われる。あの不自然な、必要以上の不安を暗示した音調の中に、犯人としての自己意識がニジミ出していたのが、無意識の中《うち》に頭にコビリついていたのであろう。
 それから深良屋敷に来た時に、あの砥石に気がつくと忽ち、犯人の目星がピッタリとついたような気がした。この事件の真相がドンナに複雑深刻を極めたものであろうとも、その一切の秘密を解く鍵は、この砥石一つで沢山だ…
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