ばかりであった。
 草川巡査は自分でも自分の精神状態を疑うようになった。或る晩の十時過の事。睡《ね》むられぬままに着のみ着のままで、人通りの絶えた国道に出た。
 大空の星の光りは夏と違ってスッカリ澄み切っていた。そこには深良屋敷の方向から匐《は》い上って来た銀河が一すじ白々と横たわっていたが、その左右には今まで草川巡査が気付かなかった星霧《せいむ》や、星座や、星雲が、恰《あたか》も人間の運命の神秘さと、宇宙の摂理の広大不可思議を暗示するかのように……そうして草川巡査の一個人の智恵の浅薄さ、微小さを冷笑するかのようにギラギラと輝き並んでいた。その下に真黒く横たわる谷郷村の盆地を冷やかに流れ渡る夜風に背中を向けた草川巡査は、来るともなく深良屋敷に通ずる国道添いの丁字路《ていじろ》の処まで来ると突然、頭の上の天の河の近くで思い出したように星が一つスウーと飛んだ。
 草川巡査は何かしらハッとして立停まった。モウ一つ飛ばないかナ……などと他愛ない事を考えながら、何の気もなく星空を見い見い歩き出すトタンに深良屋敷に通ずる道路の中央に埋めて在る平たい花崗岩《みかげいし》の第一枚目に引っかかって、物の
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