見事にモンドリを打った。
「……アッ……痛いっ」
ジメジメした地面の上に横たおしにタタキ附けられた草川巡査は、暫くそのままで凝然《じっ》としていた。転んだ拍子に何かしらスバラシイ思付きが頭の中に閃《ひら》めいたように思ったので、それを今一度思い出すべくボンヤリと鼻の先の暗闇を凝視していた。……が……やがて、ムックリと起上るとそのまま、衣服の汚れも払わないで国道の上をスタスタと町の方へ歩き出した。半分駈け出さんばかりの前ノメリになって五里の道をヨロメキ急いで町へ出ると、前から知っている検事官舎の真夜中の門を叩いた。
熟睡していた鶴木老検事は、ようようの事で起上った。何事かと思って睡《ね》むい眼をコスリコスリ応接間に出て来たのを見ると、草川巡査は如何にも急《せ》き込んでいるらしく、挨拶も何もしないまま質問した。
「……イ……一知は……テ……手紙を書きませんでしょうか」
鶴木検事は、見違える程|窶《やつ》れて形相の変った草川巡査の顔を、茫然と凝視した。汗とホコリにまみれて、泥だらけの浴衣《ゆかた》にくるまっている哀れな姿を見上げ見下しながら、静かに頭を左右に振った。
「……書いて……
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