…意外千万な推測ですな」と検事は苦り切って腕を組み直した。「……只今では最後の懸案として、あの区長の動静について注意しているのですが」
「ハイ。私も署長からその指令を受けましたので十分に注意して見ましたが、区長は絶対に、そんな事の出来る人間ではありませぬ。むしろ自分の息子を養子に遣った家から補助を受けたりする事を潔しとしない、純粋な性格の男です。目下、東京で近衛の中尉をしております長男からも、その一知から金を借りない趣旨に賛成の旨を返事して来ております。のみならず昨日の事です。その長男の手紙と同時に勧業銀行から破産宣告に関する通知が来ているのを私は見て参りました」
「フーム。してみると区長に嫌疑はかけられぬかな」
「ハイ。区長は絶対の無罪と信じます。少くとも区長と犯人との間柄は、赤の他人以上に無関係です」
「しかし君は、そうした犯人に関する意見を、何故《なぜ》に司法主任の馬酔《あせび》君に話さなかったのですか。その方が正当の順序じゃないですか」
 草川巡査はギクンとしたらしく言葉に詰まった。しかし、やがて冷い渋茶を一パイ飲むと、やはり持って生れた吶弁で、
「こんな事は今度の事件と全然、 
前へ 
次へ 
全71ページ中45ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング