何かしきりに考えながらも足取だけは小急ぎに国道へ出たが、ちょうど通りかかった乗合自動車《バス》を見ると、急に手を挙げて飛乗って町へ出た。記憶している名前の写真屋を直ぐに尋ね当てて、極く内々で一知夫婦の写真の焼増を一枚頼んだ。
するとちょうど助手の不注意で一枚余分に焼いたのが在ったので、草川巡査は久し振りに満足そうな笑顔を洩《もら》した。引ったくるようにその一枚を貰って、その足で鶴木検事を裁判所に訪問し、折柄、宣告を澄ましたばかりの検事に裁判所の応接室で面会をすると、その写真を手渡ししながら自分の見込をスッカリ打明けた。
意気込んでいる草川巡査の吶弁《とつべん》を、法服のまま静かに聞き終った禿頭《とくとう》、童顔の鶴木検事は草川巡査の質朴を極めた雄弁にスッカリ釣込まれてしまったらしい。草川巡査と同じように憂鬱な顔になって、両腕を深々と胸の上に組んだ。
「つまりその砥石《といし》の上で刃物の柄《え》を撞着《どうづ》いて、抜けないようにしたと云うのですな」
「そうです。そのほかに今申上げましたようなラジオや、戸締りに関する一件もありますので、テッキリ犯人と睨んでいるのですが」
「どうも…
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