かわず》の鼻の頭を一つ一つに乾燥させ、地隙《ちげき》を這い出る数億の蟻《あり》の行列の一匹一匹に青空一面の光りを焦点作らせつつジリジリと真夏の白昼《まひる》の憂鬱を高潮させて行った。
 この夏限りに死ぬというキチガイじみた蝉《せみ》の声々が、あっちの山々からこっちの谷々へと、真夏の雲の下らしい無味乾燥なオーケストラを荒れまわらせ、溢れ波打たせて、極端な生命の狂噪と、極端な死の静寂との一致を、亀裂だらけの大地一面に沁み込ませて行くのであった。
 その小高い丘の木立の中に、森閑《しんかん》と雨戸を鎖《とざ》した兇行の家……深良《ふから》屋敷を離れた草川巡査は、もうグッタリと疲れながら、町から到着した判検事の一行を出迎えるべく、佩剣《はいけん》の柄《つか》を押え押え国道の方へ走り降りて行った。

 本署からは剛腹で有名な巨漢《おおおとこ》の司法主任|馬酔《あせび》警部補と、貧相な戸山警察医のほかに、刑事が二名ばかり来ていた。検事の名前は鶴木《つるき》といって五十恰好の温厚そうな童顔|禿頭《とくとう》の紳士、予審判事は綿貫《わたぬき》という眼の鋭い、痩せた長身の四十男で、一見したところ、役柄が
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