組合へ入れに行く金が四十二円十七銭入っていた筈です。麦を売って肥料を買った残りです」
「お前はその現金を見たんか」
「いいえ。私はこの家《うち》へ来てから一度も現金を見た事はありません。私が附けた田畑の収穫の帳面尻をハジキ上げて、イクライクラ残っていると、台所から呶鳴《どな》りますと、養母《おっか》さんが寝床の中で銭を数えてから、ヨシヨシと云います。それが、帳尻の合っております証拠で……いつもの事です」
「そうかそうか。成る程……」
 その時に一知の背後《うしろ》の中《なか》の間《ま》でマユミがオロオロ泣出している声が聞えた。両親の不幸がやっとわかったらしい。
 その時に又、遥か下の国道から、自動車のサイレンが聞えて来たので、草川巡査は慌てて靴を穿いて表に出た。花崗岩《みかげいし》の敷石を飛び飛び赤土道を降りて、到着した判検事一行の七名ばかりを出迎えた。
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   後篇


 太陽はいつの間にか高く昇って、その烈々たる光焔の中に大地を四十五度以上の角度から引き包んでいた。その眼の眩《くら》むような大光熱は、山々の青葉を渡る朝風をピッタリと窒息させ、田の中に浮く数万の蛙《
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