ない唯|一撃《ひとう》ちに片付けられたものと見えた。蚊帳には牛九郎老人の枕元に血飛沫《ちしぶき》がかかっているだけで、ほかに何の異状も認められないところを見ると、二人の寝息を窺《うかが》った犯人は、大胆にも電燈を灯《つ》けるか何かして蚊帳の中に忍び入って、二人の中間に跼《しゃが》むか片膝を突くかしたまま、右と左に一気に兇行を遂げたものらしい。何にしても余程の残忍な、同時に大胆極まる遣口《やりくち》で、その時の光景を想像するさえ恐ろしい位であった。
 草川巡査は持って来た懐中電燈で、部屋の中を残る隈なく検査したが、何一つ手掛になりそうなものは発見出来なかった。ただ老夫婦の枕元に古い、大きな紺絣《こんがすり》の財布が一個落ちていたのを取上げてみると、中味は麻糸に繋いだ大小十二三の鍵と、数十枚の証文ばかりであった。草川巡査はその財布をソッと元の処へ置きながら指《ゆびさ》した。
「これが盗まれた金の這入《はい》っていた袋だな」
「……そう……です……」
 と云ううちに一知は今更、おそろしげに身を震わした。
「現金はイクラ位、這入っていたのかね」
「明日《あした》……いいえ、今日です。きょう信用
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