寝とったんか」
「この台所に寝ておりました」
「何も気付かなかったんか……それでも……」
何を思い出したのか一知が、突然に真赤になって自分の影法師を凝視した。その赤い横頬と、青い襟筋が朝日に照されて、女のように媚《なま》めかしかった。
「マユミさんと一緒に寝とったんか」
一知は首筋まで真赤になった。井戸端で水を汲んでいるマユミの背後《うしろ》姿をチラリと見た。
「いいえ。彼女《あいつ》は毎晩、両親の吩付《いいつけ》で直ぐ向うの中《なか》の間《ま》に寝る事になっておりますので……」
「ホントウか。大事な事を聞きよるのだ」
「ホントウで御座います。一緒に寝た事は……今までに……一度も……」
そう云う中《うち》に一知は興奮したらしく早口になりかけたが、忽ちサッと青くなって口籠った。云うのじゃなかった……といった風に唇をギュッと噛んで、忙しく眼瞬《まばた》きをした。その顔を草川巡査は穴の明く程凝視したので、一知はイヨイヨ青くなって頸低《うなだ》れた。
「フウム。妙な事を云うのう……マッタクか……それは……」
一知は怨《うら》めしそうな、悲痛な顔を上げて草川巡査の顔を見たが、その瞳《め》
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