タタキ潰された蚯蚓《みみず》が一匹、半死半生に変色したまま静かに動いていた。草川巡査は、その蚯蚓を凝視しながら、砥石をソッと元の通りに置いた。
そこへ飯を喰い終った一知が、帯を締め締め、草履《ぞうり》を穿《は》いて出て来たので、草川巡査は素知らぬ顔をして台所の入口へ引返して来た。
「殺した奴はどこから這入って来たんか」
「ここから這入って来たものと思います」
一知は、入口の敷居を指した。学問があるだけに言葉附がハッキリしていた。気分もモウすっかり落付いているらしく、平生《いつも》の通りに潤んだ、悲し気な瞳《め》を瞬《まばた》いていた。
「この引戸が半分、開放《あけはな》しになっておりました」
草川巡査は一知青年と二人で暗い台所に這入った。継ぎ嵌《は》めだらけの引戸の締りを内側から検《あらた》めてみた。
「成る程、ここの帰りはこの掛金を一つ掛けただけだな」
「ハイ。その掛金の穴へ、あの竈《へっつい》の長い鉄火箸《ひばし》を一本刺しておくだけです」
「昨夜《ゆんべ》も刺しておいたのか」
「ハイ。シッカリと刺しておいたつもりでしたが、今朝《けさ》見ますとその鉄火箸《ひばし》は、この敷居
前へ
次へ
全71ページ中23ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング