ちょうど台所の裏手に当っている背戸《せど》の井戸|端《ばた》まで来ると、草川巡査はピタリと足を佇《と》めた。佩刀《サアベル》をシッカリと握ったまま、その井戸端の混凝土《タタキ》の向側に置いてある一個の砥石《といし》に眼を付けた。
それはマン丸く茂った山梔木《くちなし》の根方の、ちょっと人眼に附きにくい処に、極めて自然な位置に投出されている相当大きな天草砥石であった。一面に咲揃うた白い山梔木の花が、そこいら中に甘ったるい芳香を漂わしていたが、その灰色の砥石の周囲に、雨の力で跳ねかかっている地面から一続きの泥が、何か強い力で打たれたようにボロボロと剥落しているばかりでなく、その砥石の全体が、一分か五厘かわからないが一方にズレ寄っている形跡が、ハッキリと土の上に残っていた。
……これは何か重たい刃物か何かの柄《え》を、抜けないように嵌込《すげ》た証拠らしいぞ……そう思い思い草川巡査は、自分が犯人であるかのように青褪めた、緊張した表情で、そこいらを見まわした。台所で一知が茶漬を掻込《かっこ》んでいるらしい物音に耳を澄ますと、直ぐに跼《しゃが》んで、片手で砥石を持上げてみた。砥石の下には頭を
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