ホホホホホ……」
「うむ。ほかには何とも、神林先生は云うて行かなかったかね」
 マユミは美しい眼を、すこし上に向けて考えていたが、やがて大きく一つ点頭《うなず》いた。
「アイ。云うて行きなさいました。アノ奥座敷へはドンナ事があっても、行く事はならんと云うて行きなさいました」
「それでマユミさんは奥座敷へ行かなかったのかね」
「アイ。まだ二人とも寝ていんなさいます」
「ウム。アンタは昨夜《ゆうべ》、良う睡ったかね」
「アイ。一番先に寝てしまいました。ホホホ……」
「ハハハ。そうかそうか。よしよし……」
 台所に這入りかけていた草川巡査は、そういうマユミの無邪気な笑顔を見ているうちにフッと気が変った。何故ともなくスルリと身を引いて、タッタ一人で家の周囲をグルリと一廻《ひとめぐ》り巡回してみたが、それはやはり職務のために緊張し易い警官特有の第六感の作用であったかも知れない。特に地面の上の足跡や、雨戸の合わせ工合、木立の間の下草の乱れなぞを、極めて注意深く見てまわったものであったが、何一つコレはと気付くようなところが無かった。
 しかしその中《うち》に家《うち》の外側を七分通り巡《まわ》って、
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