三|室《ま》しかない家《うち》の中が、ガンガン云うて八釜《やかま》しうてなあ……それにあのラジオの鳴りよる間が、養子殿の極楽でなあ。夫婦で台所に固まり合うて、何をして御座るやら解らんでナ。ヘヘヘヘ……」
 あとを見送った人々は取々《とりどり》に云った。
「何なりと難癖を附けずにゃいられんのが、あの婆さんの癖と見えるなあ。ハハハ」
 それから後《のち》、そのオナリ婆さんが一知の畠仕事に附いてまわって、色々と指図をしているのを見て、
「ソレ見い。何のかのと云うても一知の働らき振りはあの婆さんの気に入っとるに違いないわい。そこで慾の上にも慾の出た婆さんが、出しゃばって来て、あの上にも一知を怠けさせまいと思うて要らぬ指図をしよるに違いない。あれじゃ若夫婦もたまらんわい」
 と云ったり、それから後、深良屋敷のラジオがピッタリと止んで、日が暮れると間もなく真暗になって寝静まるのを見た人々が、
「あれは一知がラジオの械器を毀《こわ》したのじゃないらしい。婆さんが費用を吝《お》しんで止めさせたものに違いない。一知さんも可哀そうにのう。タッタ一つの楽しみを取上げられて」
 と同情した位の事であった。
 
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