、そのまま何と云われても出て行かないで頑張り通し、双方の両親たちを面喰わせ、村中を又もアッと云わせたものであった。
 そうしてそれから後《のち》、小高い深良屋敷を囲む木立の間から眩しい窓明りと共に、朗らかなラジオの金属音が、国道添いの村の方へ流れ落ち初めたのであった。
「イッチのラジオが、やっとスウィッチを入れたバイ」
 と青年達は甘酸っぱい顔をして笑った。
 しかし谷郷村の人々の驚きは、まだまだ、それ位の事では足りなかった。

 深良《ふから》屋敷の若い夫婦は、新婚|匆々《そうそう》から、猛烈な勢いで働き出したのであった。今まで肥柄杓《こえびしゃく》一つ持った事のない一知が、女のように首の附根まで手拭で包んだ、手甲脚絆《てっこうきゃはん》の甲斐甲斐しい姿で、下手糞ながら一生懸命に牛の尻を追い、鍬《くわ》を振廻して行く後から、薄白痴《うすばか》のマユミが一心不乱に土の上を這いまわって行くのを、村の人々は一つの大きな驚異として見ない訳に行かなかった。
 一知は間もなく両親に無断で、小作人と直接談判をして、麦を蒔《ま》いた畠を一町歩近くも引上げて、ドシドシ肥料を遣り始めた。村の人々はその無
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