そんな事をオクビにも出さずに、どうかしてマユミを吾《わ》が物にしたいと明け暮れ考えまわしているだけであった。だからほかの青年達と一緒になってマユミを張りに行って、マユミやその両親達の信用を失うような軽率な事は決してしなかった。一知の幸運の獲得手段はドコまでも陰性で消極的であった。
 その一知の幸福の夢を掻き破るものは、いつもマユミの両親たちであった。一知がマユミと一緒になって世にも幸福な日を送っている幻想を描いている最中に、いつも横合いから現われて来て、その幸福を攪乱《かきみだ》し、冷笑し、罵倒し、その幻想の全体を極めて不愉快な、索然たるものにしてしまうのはマユミの父親の頑固な恰好をした禿頭《とくとう》と、母親の狼《おおかみ》みたような乱杙歯《らんぐいば》の笑い顔であった。一知はマユミの両親が極度に浅ましい吝《けち》ん坊《ぼ》であると同時に、鬼とも獣《けもの》とも譬《たと》えようのない残酷な嫉妬焼《やきもちや》きである事を、ずっと以前から予想していた。
 一知はマユミとの幸福な生活を夢想する前に、何よりも先《ま》ずマユミの両親をこの世から抹殺する手段を考えなければならなかった。
 ところでマユミの両親をこの世から抹殺する手段といったら、二人を殺すよりほかに方法が無い事は、わかり切った事実であった。しかし内気な一知は、そんな大それた事が出来ない彼自身である事を、知り過ぎる位知っていた。
 その中《うち》に一知はラジオに夢中になり始めた。それは一知が生得《うまれつき》の器械イジリが好きであったせいでもあったろうが、そのラジオの器械を製作しているうちに一知は一つの素晴らしい思い付きをした事に気付き始めた。夜遅くまでラジオを鳴らしておきさえすれば、どんなにマユミと仲よくしていても、焼餅を焼かれる心配は無いだろうと心付いた。それは全くタヨリない、愚かしい思い付きに相違なかったが、しかし、まだ若い一知にとっては天来の福音とも考えていい素敵な思い付きに相違なかった。
 それ以来一知はいよいよラジオの製作に夢中になった。礦石《こうせき》をやめて真空球にして、一球一球と次第にその感度を高め、その声を大きくする事に、たまらない興味を持つようになった。もちろん、それとても云う迄もなく、若い一知が、マユミを中心として描きつづける幸福な幻想に附随した儚《はか》ない興味みたようなものに外ならな
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