見事にモンドリを打った。
「……アッ……痛いっ」
 ジメジメした地面の上に横たおしにタタキ附けられた草川巡査は、暫くそのままで凝然《じっ》としていた。転んだ拍子に何かしらスバラシイ思付きが頭の中に閃《ひら》めいたように思ったので、それを今一度思い出すべくボンヤリと鼻の先の暗闇を凝視していた。……が……やがて、ムックリと起上るとそのまま、衣服の汚れも払わないで国道の上をスタスタと町の方へ歩き出した。半分駈け出さんばかりの前ノメリになって五里の道をヨロメキ急いで町へ出ると、前から知っている検事官舎の真夜中の門を叩いた。

 熟睡していた鶴木老検事は、ようようの事で起上った。何事かと思って睡《ね》むい眼をコスリコスリ応接間に出て来たのを見ると、草川巡査は如何にも急《せ》き込んでいるらしく、挨拶も何もしないまま質問した。
「……イ……一知は……テ……手紙を書きませんでしょうか」
 鶴木検事は、見違える程|窶《やつ》れて形相の変った草川巡査の顔を、茫然と凝視した。汗とホコリにまみれて、泥だらけの浴衣《ゆかた》にくるまっている哀れな姿を見上げ見下しながら、静かに頭を左右に振った。
「……書いて……おりませんでしょうね。一知は……一度も……どこへも」
 検事は依然として無言のままうなずいた。そこへ夫人らしい人がお茶を酌《く》んで来たが、草川巡査は棒立ちに突立ったまま見向きもしなかった。
「……そ……それを……手紙を出すことを許して頂けませんでしょうか……一知に……」
「……誰に宛てて……書かせるのかね」
 腰をかけて茶を飲んだ老検事がやっと口を利いた。
「妻のマユミは無学文盲ですから……父親の乙束区長の方へ、手紙を出してもいいと、仰言《おっしゃ》って頂きたいのですが……そうしてその手紙を検閲なさる時に、私に見せて頂きとう御座いますが……」
「ハハア。何の目的ですか……それは……」
「兇器を発見するのです」
「成る程……」
 鶴木検事の顔に著しい感動の色が浮んだ。
「ウム。これは名案だ。今まで気が付かなかったが……ナカナカ君は熱心ですなあドウモ。どこから思い付いたのですか。そんな事を……」
 草川巡査は答えなかった。鶴木検事の顔を正視してビクビクと咽喉《のど》を引釣らせていたが、そのままドッカリと椅子に腰を卸《おろ》すと、応接机の上に突伏してギクギクと欷歔《すすりなき》し始めた。

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