するのであった。日盛りの蝉の声々が大海原の暴風を思わせる村の四方の山々を通抜ける幾筋もの小径を基線にして、次第次第に捜索の範囲が拡大されて行った。青年ばかりでなく村の大人たちまでも、この前代未聞の惨劇を描き出した未知の兇器に対する、たまらない好奇心に駈られて、強烈な真夏の光線を交錯させている草や、木や、石の投影に胸を躍らせ、呼吸を魘《おび》えさせながら、そうして如何にも大事件らしく呼び交す感傷的な叫び声の中に、色々の鳥や、虫の影を飛立たせながら、眼も眩むほどイキレ立つ大地の上を汗にまみれて匐《は》いまわった。
 しかし日暮方まで何等の得るところも無かった。
 ヘトヘトに疲れた草川巡査が、青年達を国道の上に呼集めた時には、判検事の一行はモウ引上げていた。二人の被害者の屍体《したい》も、蒲団に包んだ上から荒菰《あらごも》で巻いて、町から呼んだ自動車に載せて、解剖のため、大学へ運び去られたアトであった。
 兇器が発見されないために、犯人を検挙する手がかりが全く無い事になった。
 近まわりの村々を刑事がまわって、行動の疑わしい者や、変った出来事を一々調べ上げたが、元来、朴実《ぼくじつ》な人間たちと、平和な村政で固まっている村々には、二三羽の鶏《にわとり》の紛失や、一尺か二尺の地境《ちざかい》の喧嘩が問題になっている位のことで、前科者らしい者は勿論、素行の疑わしい者すら居なかった。それやこれやで、八月の末になると、もう事件が迷宮に入りかけて来た。
 ……やはり久しくこの辺を通らなかった兇悪な前科者が、通りがかりに遣付《やっつ》けた仕事だろう……。
 といったような噂が一時、村の人々の間で有力になった。それにつれて滑稽にも村中の戸締りが俄《にわか》に厳重になったものであったが、しかしそれとても別にコレといった拠《よ》りどころの無い、空想じみた噂に過ぎなかったらしい。警察方面で、そんな方面に力を入れた形跡も無いうちに、刑事たちがパッタリ寄附かなくなったので、村の人々も安心したように口を噤《つぐ》んでしまった。そうして日に増し事件の印象を忘れ勝ちになって行くのであった。
 もっともその間じゅう草川巡査は、毎日毎日電話でコキ使われていた。兇器が発見されないかとか、新しい聞込みは無いかとか、区長の財政状態はドウなったかとか、一知は相変らず働いているかとか、もう少し責任を負って仕事をしろ
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