、区長へ嫌疑をかけるのは無意味じゃないかと思うです。深良爺さんが死ぬと区長は大きな損をする訳ですからナ」
「私は最初、一知に疑いをかけておりました。外から這入った形跡が全然見当らないのですからね。草川巡査も、只今のお話を知らなかったらしく、私と同意見で、一知に疑いをかけているらしい口吻《くちぶり》でしたが、しかし、私が最前ちょっと一知を物蔭に呼んで、心当りは無いかと尋ねてみますと、一知はモウ、そんな意味で草川巡査に疑いをかけられている事をウスウス感付いているらしいのです。眼に涙を一パイ溜めながら……私はまだこの家の籍に這入ってはおりませんが、仮りにも義理の両親を殺して、実父の財政が間違いなく救われる事になりますならば、喜んでこの罪を引受けましょう……とキッパリ申しておりました」
「フーム、田舎者としては立派すぎる返事ですなあ。すこし頭が良過ぎるようじゃが……」
「あの青年はこの村でも有数のインテリだそうです」
「そうらしいですな。殊にあの養子はこの村でも一番の堅造《かたぞう》という話ですな」
「草川巡査もそう云うておりました。あの別嬪《べっぴん》の嬶《かかあ》も好人物過ぎる位、好人物という話です」
「ウム。あの若い夫婦は大丈夫じゃろう。実父の区長のためになる事でなければ、そう急《せ》いて老夫婦を殺す必要も無い筈じゃから……しかし通りかかりのルンペンにしては遣り口が鮮やか過ぎるようじゃなあ」
「……今度の兇行の動機は怨恨《えんこん》関係じゃないでしょうか。金品《かね》を奪ったのは一種の胡麻化手段《カモフラージ》じゃないですかな」
「……というと……」
「マユミの縁組問題です……ずいぶん美人のようですからね」
「それも考えられるな。今の一知という青年と同年輩で、マユミに縁組を申込んで、老人夫婦に断られた者は居らんかな」
「十分に調べさせてみましょう」
「何にしても問題は兇器だ。アッ……草川君が帰って来た。また恐ろしく大勢連れて来たな。ハハハ……中々気が利いている」
「ナアニ。この村は青年が一致しているのでしょう」
 青年団の兇器捜索は間もなく開始された。中にも草川巡査の指揮振りは実に手に入《い》ったもので、鶴木検事は一々感心しながら見物していた。青年連中の草川巡査に対する尊敬ぶりは、ちょうど小学校の生徒が、受持の教師に対する通りで、骨身を惜《おし》まず、夢中になって活躍
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