鉄砲に驚いていたが、その丹精が一知夫婦だけで立派に届いて、見事に実った麦が丘の下一面に黄色くなって来ると、最後まで冷笑していた牛九郎老夫婦も、流石《さすが》に吃驚《びっくり》したらしい。養子夫婦の親孝行のことを今更のように村中に吹聴してまわり始めた。一知の掌《てのひら》が僅かの間に石のように固くなっている事や、娘のマユミが一知と二人ならば疲れる事を知らずに働く事なぞを繰返し繰返し喋舌《しゃべ》って廻るので村の人々は相当に悩まされた。
ところが不思議な事に、そんな序《ついで》に話がラジオの事に移ると、何故かわからないが牛九郎夫婦は、あまり嬉しくない顔色を見せた。殊にそのラジオ嫌いの程度はオナリ婆さんの方が非道《ひど》いらしかった。
「まあ結構じゃ御座んせんか。毎晩毎晩何十円もする器械で面白いラジオを聞いて……」
なぞと挨拶にでも云う者が居るとオナリ婆さんは、きまり切って乱杙歯《らんぐいば》を剥出《むきだ》してイヤな笑い方をした。片足を敷居の外に出しながら、すこし勢込んで振返った。
「ヘヘヘ。あれがアンタ玉に疵《きず》ですたい。承知で貰うた婿じゃけに、今更、苦情は云われんけんど、タッタ三|室《ま》しかない家《うち》の中が、ガンガン云うて八釜《やかま》しうてなあ……それにあのラジオの鳴りよる間が、養子殿の極楽でなあ。夫婦で台所に固まり合うて、何をして御座るやら解らんでナ。ヘヘヘヘ……」
あとを見送った人々は取々《とりどり》に云った。
「何なりと難癖を附けずにゃいられんのが、あの婆さんの癖と見えるなあ。ハハハ」
それから後《のち》、そのオナリ婆さんが一知の畠仕事に附いてまわって、色々と指図をしているのを見て、
「ソレ見い。何のかのと云うても一知の働らき振りはあの婆さんの気に入っとるに違いないわい。そこで慾の上にも慾の出た婆さんが、出しゃばって来て、あの上にも一知を怠けさせまいと思うて要らぬ指図をしよるに違いない。あれじゃ若夫婦もたまらんわい」
と云ったり、それから後、深良屋敷のラジオがピッタリと止んで、日が暮れると間もなく真暗になって寝静まるのを見た人々が、
「あれは一知がラジオの械器を毀《こわ》したのじゃないらしい。婆さんが費用を吝《お》しんで止めさせたものに違いない。一知さんも可哀そうにのう。タッタ一つの楽しみを取上げられて」
と同情した位の事であった。
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