《ほど》いてしまうと、
「サアサア。寒かったでしょうね」
 って云いながら、又、もとの通りに袋を冠《かぶ》せて口をシッカリ括《くく》ってしまったの。
 ええ……妾はちっとも手向いなぞしなかったわ。死人のようにグッタリとなって、ヤングのする通りになっていたわよ。
 その時のヤングの声の静かで悲しかったこと――ほんの一寸《ちょっと》の間《ま》だったけど、妾の胸にシミジミと融《と》け込んで、妾に何もかも忘れさしてしまったのよ。……何だか甘い、なつかしい夢でも見ているような気もちになってね……ネンネコ歌にあやされて眠って行く赤ん坊みたように、涙が止め度なく出て来たもんだから、妾はとうとう声を出してオイオイ泣き出しちゃったの。
「……ヤング……ヤング……」
 って云ってね……そうするとヤングは一々丁寧に返事をしいしい妾を袋に入れてしまってから、今一度妾の頭の処を、袋の上から撫でてくれたわ。
「……ね……ね……わかったでしょう、ワーニャさん。温柔《おとな》しくするんですよ。サアサア。もう泣かないで泣かないで。いいですか。ハイハイ。私がヤングですよ。いいですか。サ……泣かないで泣かないで」
 そう云って妾をピッタリと泣き止まして終《しま》うと、静かに立ち上って、這入って来た時と同じように気取った足音を立てながら、悠々と階段を昇ってどこかへ行ってしまったの。
 だけど妾は、やっぱり夢を見ているような気持ちになって、シャクリ上げシャクリ上げしながらグッタリとなっていたようよ。そうすると、あとに残った三人の男たちは手《て》ん手《で》に妾の頭と、胴と、足を抱えて、上の方へ担ぎ上げながら、黙りこくって階段を昇りはじめたの。そのゆっくりゆっくりした足音が、静かな室《へや》の中にゴトーンゴトーンと響くのを聞きながら、妾は何だか、教会の入口を這入って行くような気持ちになっていたようよ。
 だけど第一の階段を昇ってしまうと間もなく、一番先に立って、妾の足を抱えていた男が、変な声でヒョックリと唸《うな》り出したの。そうして何を云うのかと思っていると、
「ウーム。ウメエもんだナア。ヤングの畜生、あの手で引っかけやがるんだナア。どこへ行っても……」
 って、サモサモ感心したように云うの。そうすると妾の腰を担いでいた男も真似をするように唸り出したの。
「ウーム。まるで催眠術だな。一ペンで温順《おとな》しく
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