しちまやがった」
そうすると又、妾の頭を担いでいた男が、老人《としより》みたような咳をゴホンゴホンとしながら、こんな事を云ったの。
「十七人の娘の中《うち》で、ワーニャさんだけだんべ……天国へ行けるのはナア」
「アーメンか……ハハハハハ」
こんな事を云っているうちに、又二つばかりの階段を昇ると、ザーザーという波の音がして甲板へ出たらしく、袋の外から冷たい風がスースーと這入って来て、擦《す》り剥《む》けた臂《ひじ》の処が急にピリピリ痛み出したの。それと一緒に明るい太陽の光りが袋の目からキラキラとさし込んで来て、眼が眩《くら》むくらいマブシクなったので、妾は両手で顔をシッカリと押えていたようよ。そうしたら足を抱えていた男が、
「サア……天国へ来た……」
「ウフフフフ。ワーニャさんハイチャイだ。ちっとハア寒かんべえけれど」
「ソレ。ワン……ツー……スリイッ……」
と云ううちに、妾をゆすぶっていた六ツの手が一時《いちどき》に離れると、妾はフワリと宙に浮いたようになったの。
その時に妾は何かしら大きな声を出したようよ。……やっと夢から醒めたようにドキンとしてね……だけど、そう思う間もなく、妾の頭が、船の外側のどこかへ打《ぶ》つかると一処《いっしょ》にガーンとなってしまって、いつ海の中へ落ち込んだかわからなかったの……。
それから又、妾が気が付いて眼を開《あ》いたのは、一分か二分ぐらい後《のち》のようにしか思えないのよ……何だか知らないけれど身体《からだ》中に痺《しび》れが切れて、腰から下が痒《かゆ》くて痒くてしようがないように思っているうちに、フイッと眼を開《あ》いてみたら、そこは忘れもしないこのレストランの地下室でね。いつぞや肺病で死んだニーナさんが寝かされていたその寝台《ベッド》の上に、湯タンポと襤褸《ぼろ》っ布片《きれ》で包まれながら、素《す》っ裸体《ぱだか》で放り出されているじゃないの。おまけに寝台《ベッド》の横でトロトロ燃えているペーチカの明《あか》りでよく見ると、妾の手や足は凍傷で赤ぶくれになっていて、針金の痕《あと》が蛇みたいにビクビクと這いまわっている上から、黒茶色の油膏薬《あぶらぐすり》がベトベトダラダラ塗りまわしてあるじゃないの。その汚ならしくて気味の悪かったこと……妾何だかわからないままビックリして泣き出しちゃった位よ。
……だけど、それか
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